会社での一幕

こんにちは、
小走りです。

今回のは呟きにも似たもの。

会社でジワリと私のおめでたが情報広がりつつある今日この頃、
とある女性社員(29歳)に話が伝わりました。

その女性社員さんの第一声
え?!小走りさんお幾つでしたっけ?!

・・・・・悪気無いんだろうけど

それとも若い子はこんな感じかな?
と思ったけど横にいた今年の新人ちゃん(25歳)が
目をむいてドン引きしていたので
そういう事でもないらしい

くるねこさん風に言うと
しちれいでしよ!
と言った所です(笑)

 

心拍確認時の出来事

こんにちは、
小走りです。

今回は回想編
移植してから妊娠判明その1週間後のお話。

このタイミングだと大抵のイベントとしては
心拍の確認
だと思います。

「成長が伴っていれば心拍の確認ができるよ。」
前回の検診でお医者さんにそう言われたので
当てにせず期待せずに内診に臨みました。

と言うのも、
ちょうど2年程前に旦那の従妹が40歳で妊娠して
大喜びしていたのですが心拍の確認ができず
悲しい結末となったのを身近に見ていたからです。

内診室でエコーが画面に表示されると
子宮の中によく分からないもやっとした
小さな塊が見えました。

するとその一部が跳ねるように動いていたんです。
・・・もしかして?
胸の奥にくっと掴まれたような痛みが走りました。
カーテンの向こう側で診察医が
「見えるー?このピコピコと動いているの、これ、心臓ね。」
と、至極軽い口調でこちらに語りかけてくれました。

その口調とは裏腹
胸の奥の痛みは一気に強くなり涙を押し上げてきます。
「あの、心拍が確認できた、という事、ですか・・・
まだコントロール出来ない感情で何とか確認の言葉を繋ぎました。
あのコンディションで良くここまで・・・、
目には涙が溜まって今にも溢れる寸前です。
するとまた軽い口調で思いもよらぬ言葉が返ってきました。

「そうだよー。これで心拍確認成功報酬ねー。」

・・・・・・・・・・・・・・ん?
この言葉にはガチで涙が引っ込みました。

え?なにそれ?
って言うか、のタイミングで言う言葉?
感動何とも言えない感情に変わりました。

その後の会計きっちり10万近く「成功報酬」が
計上されていましたが、
せめて内診終わってからの診察段階まで言わなくても良いような気がしました。

不妊治療の料金って恐らく婦人科によって異なると思うけど
心拍確認の直後のエコー中
お金の話はちょーっと無粋過ぎる気がしました。

私が通っていた不妊治療の婦人科は院長先生と2名程度が常勤で
見た感じ8名位が非常勤だった気がします。
この軽い口調の先生は長い治療通院の中でも2回位しか会ったことがありません。

出来れば空気を読むご指導を何方からか頂いた方
良いかと思われます。

妊娠17週目

こんにちは、
小走りです。

出生前検査でうだうだ悩んでいたら
17週目を向かえてました。

ぼちぼち今持っているパンツやスカート
きつくなってきました。
マタニティレギンスみたいのが欲しいですが
普通に買うとこれが意外と高い
古着屋でうまい事売ってないものだろうか?

体重は1.0~1.5の微増
と言うかつわりが酷くもないのに
微妙に妊娠初期のころ痩せたんですよ。
・・・お酒を飲まなくなったから

普段一週間で作り貯めたお惣菜を
旦那の実家に週一で通って持って行ってます

この為平日の夜はお惣菜作りに当てているのですが
この間、お酒を飲みながらつまみながら味見しながら
1時間半ほど費やします。
で、終わってから
「おつかれー」って自分に言いながら
夕飯兼飲みを行っていました。

つまり2時間以上酒を飲みながら
何かつまんでいるわけです。
・・・ほぼ毎日

これが一転して一気に料理して、
終わって普通に夕飯食べて終わる生活に切り替わったので
摂取カロリーが減ったのだと思います。
最初のうち、酒を飲まずに夕飯を食べる行為が上手く腑に落ちず
お気に入りのスープだけで満足していたこともありました。
いやー、酒好きって怖い

お蔭で実際一部の方から
「痩せた?」
と言われました(汗)

改めて、自分、よく断酒できたと感心してます。

出生前検査の決断

こんにちは、
小走りです。

悩みました
鼻血出るほど悩みました
夢の中までも悩みました

悩みぬいた結果
結論からからいうと
出生前検査、
受けない
と言う事で決心しました。

正直本当にこれでいいのか
まだ検査が受けられる時期なので
ぐらぐらしています。

受けないと決めた理由
比重順に羅列してみました。

1位:先生の「受けたければ受ければ」的な消極性
→個人的な主観です
2位:検査に対する0.3%のリスク
→ここまで来て検査の為に流産って受け止めきれない気がた
3位:私の直感
→この子は大丈夫だ、と言う
大半の妊婦が持っているであろう根拠のない自信

とは言え後になって

やっぱり最初の決意通り受ければ良かった。
どうして踏み止まったんだろう。

後悔するのではないかと心配する気持ちも
まだ多々あります。
きっと無事に生まれても
ある程度大きくなるまでこの不安は付きまとうと覚悟しています。

その覚悟も全部踏まえた上
受けない
としました。

この不安が無くなることはまだ先ですが
自分の直感を信じて
この子の成長を待ちたいと思います。

 

15週検診_後編

こんにちは、
小走りです。

前回からの続き。

さて、性別判明の興奮冷めやらぬ状態ですが
本日のメインイベント。
出生前検査についてのお話合いです。

元々夫婦間で話し合っていて
この検査は受けよう、となっていました。

一番の問題はお互いの歳
前にも書きましたが
順調にこの子が育ったとしても
成人時に私が61歳、旦那が65歳
もう少し言えば、旦那が定年退職を迎える年に
子供はまだ中学生という事になります。

もし重度のダウン症等の特性を持って生まれとしても
一生この子の世話ができるという時間が我々には
恐らく無いのです。

この意見に「言い訳」であるとか、
逃げ」であるとか、
授かった命を丸ごと受け止めて愛するべきである。
と言う反論も多々あるかと思います。
それも重々受け止めています

私が言っている内容はどう繕っても
診断で障害が認められたら
お腹の中の子を自分の意志で殺す
と言う判断を下す可能性の話なのです。

先程もエコーで見た通り、
小さいとはいえ既に人間です。

簡単な話ではないという事は
分かっているつもりです。

その全てを踏まえて
今後について先生にご意見を伺いました

すると先生の反応は検査の受診を
非常に渋った印象を受けるものでした。

性別と同じく絶対に断言はしませんでした
夫婦で後から意識合わせをした結果も
え?受けるの?
位の反応だったよね、と言う所で一致してました。

ここからは推測ですが
エコー時の所見で異常が見られ無かったのだと思います。(憶測
私が行う希望をしたのは羊水検査です。
確率ではなく、正確性のある結果が欲しかったからです。

しかし羊水検査1/300の確率流産や感染症などを
招くと言われているそこそこリスキーな検査です。
エコーを見る限りと羊水検査のリスクの塩梅を
先生が天秤にかけたのではないかと思います。(憶測全開

先生にここまで渋られると我々夫婦も一気にトーンダウン
最後まで先生は決断はお任せします、
と言っていたけど
要は責任取れないからってだけの話。

と言うわけで
本当に羊水検査を受けるかどうかは
我々夫婦のジャッジのみに託されました。

先生の態度と口調を考えると
どうにもブレーキは掛かり気味。
しかし歳も歳だし、不安材料は全て明確にしておきたい。

検査を受けられるのは後数週間のみ
再度夫婦会議をして
リスクを負うか、検査を受けないか
決めたいと考えています。

 

15週検診_前編

こんにちは、
小走りです。

行ってきました、15週検診
移植してからずっと一週毎にエコーで子供を見ていたした。
前回から産科に転院したので普通の産科検診となり
お腹の状態を診れるのも一月に一回ペースとなりました。

さすがに四週間も空くと
ちゃんと育っているのだろうか?
と不安になります。

今回は出生前検査のこともあるので
旦那も同行しました。

新しい総合病院なのに相変わらずガラ空き
ちょっと不安になる位空いている状況に
前回ココでの出産を考え直そうとしました
しかし、
小児科も付いてるし、
整形外科も付いてるし、
救急指定病院だし、
家から歩いて15分だし・・・。
結果やはりココに決定しました。

旦那も当日、
全く同じことを思い
私と同じ考えに至った
検診を終えてから聞かされました。

受付後、待ち時間ほぼゼロで診察室に呼ばれました。
口頭で特に異常がない旨を伝えた後は腹部エコー。
旦那は初めて子供をエコー写真ではない映像を見て
小さく感嘆の声を上げていました。

胎児の向きと成長によっては
14週くらいから性別が分かることがある。
と、何かに書かれてあったのでダメもとで
性別ってわかりますかね?」
と、先生に伝えると
「う~ん、コレは何かねぇ・・?」
と、エコーに映った足の付け根の突起物を矢印でさしました。

移植直後から
「もし生まれてくるとしたらこの子は男の子だ。」
言い続けていた私の直感が現実となった瞬間でした。
(ちょっとオーバー・笑)

しかし一貫して男の子だと思って疑わなかったのは
私の中では事実だったので
正直得意満面でした。

旦那に得意げな顔をすると
「二分の一の確立じゃん。」
一蹴されました。
ふん、つまらない男だ!(毒吐)

しかし、まだ15週という事もあってか
先生は決して性別を最後まで断言しませんでした。
一言一言が責任問題に直結するお仕事は
大変なんだな、と改めて思いました。

一通りエコー検査が終わり
席に戻って今回のメインイベント
出生前検査についての話です。

次回、この続きから。

妊娠15週目

こんにちは、
小走りです。

何とか15週を迎えました。
4か月最終週です。

と、ここでそろそろお腹も出始めてきたので
会社にも妊娠を告げました。
私はフルタイムで働いています。
職業はシステムエンジニアです。
会社はザ・中小企業ソフトハウスです(笑)

大手企業と違って
基本不景気で人手不足と言う
中小ならではの悪循環な会社です。

そんな会社でプロジェクト何本か持ってる私が
「子供を授かりました。」
と言えばどうなるものか。
・・・・えぇ、分かっていましたとも。
言葉にこそ出てませんでしたが
課長も部長も顔が
「・・・えー・・・」
って言ってました。
私が40歳過ぎていたので上司もこの可能性は
さすがに無いと思っていたのでしょう。
正直、働き人として、気持ちは分かります

何拍か置いた後に部長が漸く
「お、めでとう。。」
絞り出すように言って下さいました。
良い人です。

課長「えー、」の顔のまま
後任と引き継ぎの心配をしていました。
まぁ、課長止まりですね(邪笑

その後総務部から
産休開始日と育休開始日、終了日の予定を連絡された時は
少し実感が湧きました。

私はつわりも軽く、体調も大きくは崩さなかったので
妊娠している、と言う実感が今一湧かない状態
今に至っています。
漸くお腹が少し出てきたのと
少しずつ周りに告知していく過程での
周りからの反応
「・・・おぉ、子供ができるんだ。」
と認識し始めました(遅)

今回の会社での出来事もそのうちの一つでした。
まだ会社でも一部の方しか知らないですが
お腹が目立ち始めるとまた、周囲の変化もあるのでしょうね。

「自信は無かった」 について_その3

こんにちは、
小走りです。

「自信はなかった」
について・・・のその3です。

その次に、
「妊娠を続けられる自信はなかった」
統計で出ている41歳の妊婦の流産確率は約40%だと言われています。
この数値を見て楽観視できるほど
お気楽な性分ではなかったので
妊娠11週目までは旦那以外の誰にも報告しませんでした

週を重ねる毎に何事もなかった事に感謝しながら
小さく安堵を繰り返しました。

しかし正直の所、まだ自信のないままです。
それは出生前前検査が控えているからです。
倫理的な問題なんてそれは死ぬほど考えていますが
現実問題私が41歳、旦那が44歳で子供が成人する時には
我々は還暦を迎えています。
この状態で障害のある子供終生面倒を見ることは物理的に難しいという事です。

もうすぐで15週を迎えます。
出生前検査が受けられる時期に入るわけですが
中々気持ちが落ち着かない
今日この頃です。

その4に続く

「自信は無かった」 について_その2

こんにちは、
小走りです。

 

表題の
「自信はなかった」
について・・・の続きです。

 

次に、
「断酒する自信はなかった」
自他共に認める酒好きで、基本、毎日晩酌
健康診断の前の日ですら
「ありのままを診てもらわないとね♪」
等の言い訳をしては飲んでいました。

 

当然血液検査のガンマ何チャラは規定値の上を行き
いつも判定はC(要経過観察)でした。

 

不妊治療中も断酒できなかったらどうしよう
と言う不安は漠然とありました。
妊娠中の飲酒について結構調べたりしたのですが
これが今一的を得ない
当然、断酒が一番お勧めなのは百も承知
その上でのボーダーラインが知りたいと思うのですが
お医者さんや国によっても見解が異なる

 

そんな曖昧な基準では自分に甘い私
断酒できるとは思えない。


「・・・自信ない・・・」


もちろん胚移植後は相当お酒を控えましたが
断酒には至っていませんでした。

 

そんな覚悟も無いままに妊娠が告げられました

 

すると、これが自分でも驚いたのですが
完全にお酒が止められたんです。

 

とは言ってもノンアルコールビールの補助があってのことですが
一応、アルコール度ゼロの生活が送れるようになったんです。

 

もちろん欲求が無くなった分けではありません。
今でも呑みたいです。
物凄い呑みたいです。
ただ、お酒を体に入れる事への罪悪感の方が半端無かったんです。
飲酒の欲求収めるべく暖かいルイボスティーで誤魔化していたら
精神的にも断酒を受け入れられたんです。

 

自分は8割方アルコール依存症じゃないかとすら思っていたのに
ここまですっぱり止められたのは
やはり精神的なものが大きかったようです。

 

自分は2年弱我慢すればいいけど
その2年を我慢しないとこの子は
一生ハンデを背負う人生になってしまうかもしれない。
そう考えると罪悪感と背徳感と申し訳なさ
飲酒に歯止めを掛けてくれました。

 

とは言え
妊娠の自覚が全くない超初期の頃から
あれだけ好きだったお酒をピタッと止められたのは
自分、凄いし、偉いと思ってます。
当然誰も誉めてくれません
「そりゃ、妊娠すればね。」
って口を揃えて言われます。
でもでも、正直私は自分を大いに褒め称えてあげたいです。
「お前頑張ってるよ、半端なく偉いよ、そうそう出来る事じゃないよ。」
日々自画自賛しながら、
今夜も私はルイボスティーを嗜みます。

その3に続く

「自信は無かった」 について_その1

こんにちは、
小走りです。
そういえば一番最初にご説明しなければ行けない事を
すっ飛ばしていました。

表題の
「自信はなかった」
についてです。

胚をお腹に戻す瞬間から非常に多方面に思ったことでした。

まず、
「妊娠する自信はなかった」
不妊治療中、私は非常に卵を作り難い体でした。
加えて結構な期間を掛けて取り出したわずかな卵で
受精して移植できる胚まで進んでくれた子
この子だけでした。
体外受精治療に切り替えてから
6年でたった一個
です。
しかもグレードは3AB。
不妊治療されている方は分かると思いますが
基本的に凍結して解凍して、お腹に戻せるぎりぎりのラインです。
極めつけは年齢。今年で41歳の私です。
もちろん万全の体調で臨みましたが
正直記念受験の心持でした。
(受験料半端なく高いけど・・・)
そんな私が移植1週間後に妊娠を告げられた時
「え?マジ?」
と言う驚きが喜びより先に出てきた程でした。
もちろんその後は号泣でしたが。

その2に続く